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静岡地方裁判所 昭和60年(わ)347号 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

静岡地方検察庁に保管中の、酒類(静岡地方検察庁昭和五八年領第三三六号の一二五ないし一五六、同昭和五九年領第二〇号の一一五ないし一四八)の換価代金合計三三二万五五四〇円を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は福島県東白川郡〈住所省略〉において酒類製造会社であるA酒造株式会社を、同県同郡〈住所省略〉においてB商店の名称で酒類販売業をそれぞれ経営するとともに、関東一円及び沖縄県における酒類販売業者を通じて右A酒造株式会社製造に係る酒類等を販売し、その販路の拡大を図っていたものであるが、所轄静岡税務署長の酒類販売業免許を受けず、かつ、法定の除外事由がないのに、昭和五七年三月ころ、静岡市〈住所省略〉にC酒販の名称で販売場を設け、右販売場において、同月一四日から昭和五八年三月三一日までの間、多数回にわたり、

(一)  昭和五七年三月一四日から同年四月七日までの間には、Dほか多数人に対し、右A酒造株式会社製造に係る清酒等の酒類合計3万6644.57リットルを、

(二)  同年五月二〇日から昭和五八年三月三一日までの間には、Eほか多数人に対し、同会社製造に係る清酒等の酒類合計23万5127.51リットルを、

それぞれ販売し、もって、免許を受けないで酒類の販売業をしたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して酒税法五六条一項一号、九条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、静岡地方検察庁で保管中の、酒類(静岡地方検察庁昭和五八年領第三三六号の一二五ないし一五六、同昭和五九年領第二〇号の一一五ないし一四八)の換価代金合計三三二万五五四〇円は判示犯行に係る酒類の換価代金であるから、酒税法五六条二項を適用してこれを没収することとする。

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

被告人及び弁護人は、いずれも、酒税法(以下、特に断りのない限り、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の酒税法をいう。)九条一項の規定は、職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反して無効であり、酒税法の右規定に違反した者に対し罰則を定めている同法五六条一項一号の規定も同様に無効であるから、本件行為は犯罪とならず、被告人は無罪である旨主張するので、以下この点について判断を示す。

酒税法九条一項本文は、酒類の販売業(販売の代理業又は媒介業を含む。)をしようとする者は、政令で定める手続により、販売場ごとに、その販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない旨規定し(以下、この規定による免許の制度を「酒販業免許制」という。)、同法一〇条は、その一号ないし一一号において右免許付与の消極要件を定めて、これらの一に該当する場合は免許を与えないことができる旨規定し、更に、同法五六条一項一号は、同法九条一項の規定による免許を受けないで酒類の販売業をした者について、一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処する旨規定している。

右にいう免許は、酒類の販売業を一般的に禁止し、特定の要件を備えた者に対し右禁止を解除するものとして講学上の許可に当たると解されるが、酒類の販売業をしようとする者にこのような免許を受けることを要求する酒販業免許制が、右のような者の職業選択の自由、特にその狭義の職業選択の自由そのものに制約を課するものであることは明らかである。

そこで、酒販業免許制による右の職業選択の自由に対する制約が憲法二二条一項の規定に違反するかどうかについて検討する。

憲法二二条一項は職業選択の自由を保障する旨規定しており、職業選択の自由が憲法上の基本的人権の一つとして重要な地位を占めていることは明らかであるが、他面、職業選択の自由は、憲法上の他の自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請が強く、憲法二二条一項が「公共の福祉に反しない限り」という留保を付したのもこの点を強調する趣旨に出たものと解される。

ところで、国は国民のため、国家公共秩序の維持、社会生活の安定を確保し、経済の発展を図るとともに、社会福祉の充実等に努めることをその任務とし、その任務遂行のためにはそこに膨大な財政需要が生ずることになるところ、この財政需要を充足するため一般的に機能するのが租税なのであるから、この租税の徴収確保を図ることは、当然に公共の福祉に合致するものとして、職業選択の自由の制約を可能ならしめる要因であるといえる。

また、右のような国家財政上の機能を有する租税は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自らこれを負担すべきものであり、このような見地から、憲法も、国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(三〇条)、新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要としており(八四条)、したがって、課税要件及び租税の賦課徴収の手続は、法律で明確に定めることが必要であって、憲法自体は、その内容について特に定めることをせず、これを法律の定めるところに委ねているのである。そして、租税立法に当たっては、事柄の性質上、財政、経済、社会政策等の国政全般を踏まえた総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、具体的な課税要件及び租税の賦課徴収の手続を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかであるから、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるをえないというべきである。そうであるとすれば、租税法の分野において租税の徴収手続の一環として立法された職業選択の自由に対する規制措置についても、その規制の目的が当該租税の徴収確保という正当なものである以上、当該立法による規制の必要性、規制の対象、規制の手段・態様については原則として立法裁量に委ねられた問題というべく、当該規制措置が右規制目的との関連で合理性を欠くことが明らかでない限り、立法裁量の範囲を逸脱したものとしてその規制措置の必要性及び合理性を否定するということはできず、したがって、これを憲法二二条一項の規定に違反するものとすることはできないと解するのが相当である(なお、右の司法審査の基準は、租税の徴収確保のため当該租税の徴収手続の一環として採られる規制措置が、当該租税の納税義務者を対象とするか、それとも、納税義務者以外の第三者を対象とするかによって差異が生ずるものでないことはいうまでもない。)。

そこで、まず、本件で問題とされている、酒税法九条一項の規定に基づく酒販業免許制の立法目的について考察するに、同規定が酒税の賦課を目的とする酒税法の中に置かれ、同規定によれば、免許の拒否の権限が国税の徴収等の税務行政を担当する税務署長に付与され、しかも、免許の要件について定めた同法一〇条の規定によれば、免許の申請者の「経営の基礎が薄弱」であること(一〇号)、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため……免許を与えることが適当でないと認められる場合」であること(一一号)が、いずれも免許付与の消極要件とされ、また、免許の条件について定めた同法一一条の規定によれば、「酒税の保全上需給の均衡を維持する必要があると認められるとき」には、免許を付与する場合でもその免許に条件を付することができるとされ、更に、免許取消の要件について定めた同法一四条の規定でも、「二年以上引き続き酒類の販売業をしない場合」などには、いったん付与した免許を取り消すことができるとされている。また、酒販業免許制を規定する酒税法九条一項の規定は、昭和二八年法律第六号による改正前の旧酒税法を経由して、昭和一三年四月改正に係る「酒造税法」(明治二九年法律第二八号)、「酒精及酒精含有飲料税法」(明治三四年法律第八号)及び「麦酒税法」(明治三四年法律第一二号)の三法にそれぞれ設けられた酒類販売業の免許制度に関する規定を継承したものであるが、右の三法に酒類の販売業をしようとする者に免許を要求する旨の規定が初めて設けられた際の改正法案の提案理由には、酒類小売業者が相当に増加した状況下では、酒類の値崩れ等の現象を来すおそれがあることに鑑み、酒類の販売業につき免許制度を設けて酒造税等の保全・確保を図る必要があることなどが挙げられている。右に挙げた酒税法の規定の構造、内容を通観し、併せて、酒販業免許制が初めて導入された際の改正法案提案理由に徴すれば、酒販業免許制の立法目的は、酒類の需給の均衡維持と酒類販売業者の経営の安定を通じて、いわゆる間接消費税である酒税をその納税義務を負う酒類製造者から本来の担税者である消費者に円滑に転嫁することを図り、もって、酒税の徴収を確保することにあるものと解すべきであり、右の立法目的が正当なものであることは論を待たない(なお、酒販業免許制の立法目的について、酒税の保全などではなく、むしろ造石課税方式から蔵出課税方式への移行に反対する酒類製造者の懐柔策であったという論があるが、仮に、それが蔵出課税方式に反対する酒類製造者らを懐柔するため、酒類製造者らの、酒類販売業者からの酒類販売代金の回収を確保するため酒類販売業につき免許制度を導入すべきとの多年にわたる要望に応じたという立法のいきさつをいうものだとすれば、このようないきさつは、酒販業免許制の立法目的が酒類の需給の均衡維持と酒類販売業者の経営の安定を通じて、酒類製造者の納税額相当分を含めた酒類販売代金の確実な回収を図り、もって、酒税の徴収を確保することにあることを正に裏付けるものであって、仮に、酒類製造者を懐柔するためにそれが立法されたという事情があったにしても、そのことが右にみた立法目的を否定ないし左右するものとは到底いえない。)。

次に、酒販業免許制が右にみた立法目的との関連で合理性を欠くことが明らかであるといえるかどうかについて、検討する。ここでは、判断の前提として、まず以下の諸点に注目する必要がある。

第一に、酒税は、酒税法二二条及び二二条の二の各規定を一瞥すれば明らかなように、その税率が極めて高く、そのために、酒税収入額は、例えば、大蔵事務官作成の昭和六三年七月六日付け調査報告書によれば、昭和五七年度が一兆七七一二億八二〇〇万円、昭和五八年度が一兆八一二五億九二〇〇万円であると認められるように、非常に多額で、その絶対額も増加してきており、国税収入中、酒税収入が所得税及び法人税に次ぎ第三位を占めていることからして、国税収入全体に占める酒税の割合そのものは戦後直接税中心の租税体系に変革されたことなどから漸次減少傾向にあるとはいえ、依然酒税収入が国の重要な財源の一つを成していることは明らかである。

第二に、酒税は、酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者を納税義務者として、前者については、その製造場から移出した酒類に対し、後者については、その引き取る酒類に対して課される(酒税法六条)間接消費税であるところ、納税義務者である酒類製造者は、右にみたような高率の酒税について、原則として、その製造場ごとに、毎月、当該製造場から移出した酒類に係る課税標準等を記載した申告書を翌月末日までに所轄税務署長に提出し(酒税法三〇条の二)、右移出した日の属する月の末日から二月以内に右課税標準に係る酒税を国に納付すべきものとされている(同法三〇条の四)ことからして、その納税の負担は相当に大きいことが窺われる。

第三に、酒類製造者は、右のようにして国に納付する酒税相当額を、その酒類製造者が製造して移出した酒類に係る販売代金の弁済を受けることにより回収し、ここに担税者である消費者への酒税の転嫁を遂げることができるとともに、この中から将来の酒税の納付資金を賄うということにもなる。

第四に、酒類販売業者は、酒類の流通過程において納税義務者である酒類製造者と担税者である消費者との中間に位置し、消費者に酒類を販売したのち酒類製造者に酒類の買掛代金を弁済する(酒類販売業者が酒類の卸売業者から酒類を仕入れたときは、直接には卸売業者に酒類代金を弁済することになるが、その卸売業者は、酒類製造者に対し、自己の酒類代金を弁済することになる。)ことで、一面では、酒類製造者の納付した酒税を消費者に転嫁し、これを酒類製造者に回収させるという役割を果たしている。この点を更に具体的にみると、大蔵事務官作成の平成元年四月一八日付けの調査報告書によれば、昭和五八年度における全国の酒類販売業免許場数が一七万二〇四七場存在するところ、同年度における酒税収入は前述したように一兆八一二五億九二〇〇万円であるから、これを単純に平均すると酒類販売場一場当たりが約一〇五四万円もの酒税につき上記のような消費者への転嫁と酒類製造者の回収に寄与しているということになる。

右にみたように、酒税は、講学上の消費税の一種ではあるものの、その納税義務は酒類の消費者が直接負うのではなく、酒類製造者がその製造に係る酒類を製造場から移出した時点で納税義務を負うという間接消費税であるため、酒税の税率が極めて高いこととも相まって、酒類製造者においてはその納税の負担が相当に大きくならざるをえないところ、酒類販売業者は、酒類製造者によって製造された酒類が流通する過程にあって酒類製造者と消費者とを結び、酒類製造者が納税義務者として納付した酒税を担税者である消費者に円滑かつ確実に転嫁し、これを酒類製造者に回収させるとともに、将来の酒税納付に備えさせるという役割を担っており、このような酒税の徴収・転嫁の過程において酒類販売業者の果たすべき役割の重要性に鑑みると、酒類販売業者を対象として、酒税の徴収確保のため一定の規制措置を講じることには、一応の必要性と合理性が認められて然るべきである。

そして、酒類販売業者に右のようなその担う役割を遺憾なく果たさせるためには、その前提として、酒類販売業者の経営を安定させることが必要であり、そのためにはまた、ほぼ限りがあると目される酒類の需要量に見合った供給の体制を維持することもある程度必要ならざるをえない。この見地から、酒類販売業者ないし酒類販売業をしようとする者を対象として酒税の徴収確保のために採る規制の手段として、一般的に酒類の販売業を禁止し、経営の安定をある程度担保するような一定の要件を具備した者にこれを解除し許可するという形での免許制度を採用することには、それなりの理由がないとはいえない。現に、朝日新聞社発行の「再編成過程の日本経済」及び麒麟麦酒株式会社発行の「麒麟麦酒の歴史 戦後編」の各記載によれば、昭和初年当時に酒類販売業者が急増したため、各業者間の過当な販売競争とそれに引き続く酒類販売業者の多数の倒産が生じ、その結果、酒類製造者の売掛代金回収に困難を来してその没落廃業を余儀なくし、ひいては、酒税の滞納を招いたという事実が認められ、右の事実に加えて、前述の酒販業免許制の立法時の提案理由の内容をも併せ考慮すると、酒販業免許制に関する規定が初めて設けられるに当たっては、酒類販売業を開始することに特段の制約がないことから生ずる酒類販売業者の急増が販売過当競争を招き、それに引き続く酒類の値崩れや酒類販売業者の倒産等により、必然的に、酒類製造者の酒類販売代金の回収を困難ならしめ、ひいては酒税の徴収に困難を来す事態が生ずることになるという立法事実が認識され、これを踏まえたうえで立法されたものであることが窺われるのであり、右の立法事実は、酒類販売業をしようとする者を対象に免許制度という手段によって規制することを背後から支えるものといえる。この点、酒販業免許制が初めて導入された昭和一三年当時は、昭和二年に始まるいわゆる金融恐慌及びこれに引き続く昭和大恐慌を経た経済不況の時代であり、酒類販売業者の急増、酒類の売行き不振、過当な販売競争とその結果としての酒価の低落、酒類販売業者の倒産等の諸現象もそのような社会的、経済的背景の下で生じたものであること、その当時における地方の農漁村における酒類代金の支払方法が現在の現金決済と異なって、年二期のいわゆる盆暮決済方式であったことは関係証拠からも窺われ、現在と比べて、その社会的、経済的背景に大きな隔たりが見られることはもちろん、酒類販売における代金決済方法にも差異が認められることは明らかであるが、右の立法事実、すなわち、酒類販売業を開始するにつき制約がないことから酒類販売業者が急増すれば、酒価の低落や酒類販売業者の倒産等を惹起し、その結果、酒類製造者の酒類販売代金の回収困難を招き、ひいては酒税の徴収に困難を来すおそれがあるという関係自体は右のような社会的、経済的背景や酒類代金の決済方法の違いによって直ちに左右されるものではなく、その違いは、そのような事態を招く可能性についての程度問題に影響するに過ぎないというべきである。

ところで、①納税義務者である酒類製造者を対象として免許制度その他の規制措置を採れば、酒税の徴収確保という立法目的を達成するに十分である、②酒類製造者に対する規制措置のほかに酒類販売業者に対する規制措置をも採るとしても、その規制の手段としては、免許制度以外の各種の規制措置を採ることで、右立法目的の達成には十分である、③酒税法以外にも、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(昭和二八年法律第七号)に基づく酒類販売業者に対する規制も存し、この規制によっても酒税の保全という立法目的達成に十分であるとかの論が存する。しかしながら、前述のとおり、酒販業免許制を定める酒税法九条一項の規定の立法目的が酒税の徴収確保にあり、その目的達成のために、右の免許を受けた酒類販売業者において酒類の流通過程で酒税の転嫁とその回収の役割を果たすことが期待されているという、同条項の予定している目的、機能に照らせば、酒販業免許制は正に酒税の徴収手続の一環として立法された職業選択の自由に対する規制措置であるということができ、このような規制措置についての合憲性の審査、換言すれば、右のような規制措置の必要性及び合理性についての審査は、その規制措置が右規制目的との関連で合理性を欠くことが明らかであるといえるか否かという前述の基準によってされるべきものであるから、当該規制措置以外のより緩やかな規制措置によりその規制目的を達成することができるか否かという基準によりこれを審査するのは相当でない。無論、当該規制措置以外のより緩やかな規制措置によってその規制目的が十分達成できることが明白であるといえるか否かということであれば、右の審査に当たってこれを一応考慮することが許されないわけではないが、しかし、その場合、これが肯定されるとしても、そのことによって直ちにその規制措置が規制目的との関連で合理性を欠くことが明白であるとの結論が導き出されるものでないことはもちろんであり、その事情は右の審査に当たって考慮される一要因に止まるに過ぎないものである。

そこで、この見地からこれらの点について一応検討する。

まず、納税義務者である酒類製造者に対する免許制度その他の規制措置で足りることが明白といえるか。

酒税法は、酒類製造者を酒類の納税義務者としたうえ、酒類を製造しようとする者は酒類販売業者と同様の所轄税務署長の免許を受けるべきものとし(七条)、その免許の要件及び条件を酒類販売業者と同様に定め(一〇条、一一条)、免許の取消の要件をも定めて(一二条)、酒類製造者につき免許制度を採用するとともに、免許を受けずに酒類を製造した者について罰則を設けている(五四条、五七条)が、それ以外にも、前述の移出に係る酒類についての課税標準及びこれに対する酒税額等を記載した申告書の提出義務(三〇条の二)、製造、貯蔵又は販売に関する事実の記帳義務(四六条)、製造場の位置及び製造設備、製造の開始及び休止、製造見込数量、製造方法、毎月分の酒類の製成及び移出数量、毎月末における酒類の所持数量等の所轄税務署長に対する申告義務(四七条)、製造場にある酒類等が亡失したときなど一定の場合における申告・検査受忍義務(四九条一項、二項)、酒類等の製造又は貯蔵に使用する容器についての検定受忍義務(四九条三項)、酒類の製造、貯蔵に関し酒税の取締又は保全上必要がある一定の場合における所轄税務署長の承認を受ける義務(五〇条)、製造場以外の場所での酒類の詰め替え等の行為をしようとする場合の届出義務(五〇条の二)、酒税証紙の貼付義務(五一条)、酒類製造者が所持する酒類や酒類の製造等に関する一切の帳簿書類等の物件についての質問・検査受忍義務(五三条)等の各種義務を課し、これらの義務違反に対する刑罰を定め(五六条、五八条ないし六〇条)、更に、酒税の保全のため必要があると認めるときは、国税庁長官らにおいて酒税につき担保の提供を命ずることができる旨規定する(三一条)など、多種多様の規制措置を講じている。これら酒類製造者を対象とする各種の法的規制措置が、納税義務者である酒類製造者の酒税ほ脱を防止し、その徴収を確保する上に相当程度機能するであろうことは明らかであるが、しかし、酒類製造者において納付すべき酒税の納付資金そのものについては、右規制によって何ら確保されるものではない。前述のとおり、酒類製造者は、酒類販売業者に対する酒類の販売代金を回収して初めてこれを納付資金に充て得るというのが、通常の形態であることからすると、酒類製造者を対象とする右各種の法的規制だけで、酒税の確実な徴収を確保するに十分であることが明白であるとまではいい難い。無論、酒類製造者の酒類代金の回収はその自助努力によって図るのが筋であり、これを資金的に補うというのであれば中小零細企業の保護政策として行うべきであって、酒類販売業をしようとする者に対する免許制度という規制によるべきでないとする論も一方には存し、これもそれなりの合理性を有するとも思われるが、他面では、酒類製造者以外に酒類製造者の納税資金獲得の上で前述のような役割を果たすべき酒類販売業者に対しても右のような規制措置を講ずるべきとする見方にも一応の合理性がなくはないというべきである。

この点に関連して、昭和五六年六月一一日付け「醸界新報」によれば、昭和五六年度酒税予算のうち、大企業であるビールやウイスキーの製造会社だけで酒税全体の八一パーセント強を納付し、これに他の酒類についての上位企業である製造会社数十社が納付する酒税額を加えると、九〇パーセント以上の酒税がこれらの企業により納付されることが認められる。なるほど、他の中小の酒類製造者に比し、これら大企業が一般に経済的信用において優るとはいえようが、だからといって、いかに大企業とはいえ、その納税の資金を自己の製造に係る酒類の販売代金の回収に依存しているということに変わりはなく、しかも、その製造販売に係る酒類の量も膨大である結果、その酒類に係る酒税も多額となり、その納税の負担もより重くならざるをえないことに鑑みると、立法論としてはともかく、これら大企業により酒税の大部分が納付されている事実をもって、直ちに、酒類販売業者に対して法的規制措置を講ずる必要があるとする前述のような見方の合理性を否定し去るということはできない。

次に、酒類製造者に対する規制のほかに酒類販売業者に対する規制措置を講ずるとしても、酒販業免許制以外の各種の規制措置を講ずれば酒税の徴収を確保するうえで十分であることが明らかといえるかどうかについて検討する。

酒税法は、酒類販売業者に対する関係での規制措置として、酒販業免許制以外にも、前述した酒類製造者に対する各種規制とほぼ同様に、例えば、販売に関する事実の記帳義務(四六条)、販売業を休止又は開始したときの申告義務(四七条三項)、購入若しくは販売をした酒類又は所持する酒類の数量についての報告義務(四七条四項)、酒類の貯蔵に使用する容器についての検定受忍義務(四九条三項)、酒類の販売に関し酒税の取締又は保全上必要がある一定の場合における所轄税務署長の承認を受ける義務(五〇条)、酒類の詰め替え行為等をしようとする場合の届出義務(五〇条の二)、容器に酒税証紙のはり付けられていない酒類の所持等の禁止(五一条三項)、酒類販売業者が所持する酒類や酒類の販売に関する一切の帳簿書類等の物件についての質問・検査受忍義務(五三条)等の各種義務を課し、これらの義務違反に対する刑罰を定めている(五六条、五八条ないし六〇条)。これら酒類販売業者に対する酒販業免許制以外の規制措置として設けられた各種の義務は、それが忠実に履行されるならば、納税義務者である酒類製造者の移出に係る酒類の量を捕捉し、ひいては、酒類製造者による酒税のほ脱を防止し、その徴収を確保するうえで有効に機能することが期待できることは見易い道理であるが、しかし、これらの義務の確実な履行を図るべく監視、監督するには、それ相応の人員と経費を必要とするところ、酒販業免許制を撤廃した場合当然に増加が見込まれる酒類販売業者数を含めた多数の酒類販売業者を相手に、この監視、監督を十分に行うことは、右の要員、経費等の見地から事実上困難となるおそれがあることは否めない。その意味では、右のような各種規制の実効性は、酒販業免許制の存在に依拠している面があるとみることができるのであって、そうである以上、酒販業免許制以外の各種規制措置を講ずれば酒税保全上十分であることが明白であるとまではいい難い。

更に、酒税法以外の酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律に基づく酒類販売業者に対する規制措置によっても酒税保全という立法目的を達成するに十分であることが明らかといえるかどうかについて検討する。

右法律は、「酒税の保全及び酒類業界の安定のため、酒類業者が組合を設立して酒類の適切な需給調整等を行うことができることとするとともに、政府が酒類業者等に対して必要な措置を講ずることができるようにし、もって酒税の確保及び酒類の取引の安定を図ることを目的と」して制定されたものであり(一条)、この目的を達成するために、「酒類製造業者」又は「酒類販売業者」が酒税の保全及び共同の利益を増進することを目的とする法人格を有する団体として酒類業組合(酒造組合又は酒販組合)を組織できるものとし(三条、四条)、この酒類業組合は、その事業として、酒税証紙に関する制度の実施に対する協力、組合員が提出する申告書等の取りまとめ、国が組合員に対して発する通知の組合員への伝達その他国の行う酒税の保全に関する措置に対する協力、酒税法違反の自発的予防を行うとともに、組合員の製造、移出又は販売する酒類の販売の競争が正常の程度をこえて行われていることにより、酒類の取引の円滑な運行が阻害され、組合員の酒類製造業又は酒類販売業の経営が不健全となっており、又はなるおそれがあるため、酒税の納付が困難となり、又はなるおそれがあると認められる場合において、組合員が製造・移出し、又は販売する等の酒類の数量・価格等に関する「規制」をも行うこと等を定め(四二条)、後者の「規制」を行う場合、酒類業組合は、その「規制」の内容や実施に関する協定を設定して大蔵大臣の認可を受けるべきものとし(四三条)、大蔵大臣は、認可した協定につき、一定の場合には変更を命じ(四五条)、また、酒類の販売の競争が正常の程度をこえて行われていることにより、酒類の取引の円滑な運行が阻害され、酒類製造業又は酒類販売業の経営が不健全となっており、又はなるおそれがあるため、酒税の滞納又は脱税が行われ、又は行われるおそれがあると認められる場合には、原則として、酒造組合、酒造組合連合会、酒造組合中央会等に対し、また場合によっては、酒販組合、酒販組合連合会、酒販組合中央会に対し、酒類の購入数量や販売数量、販売価格等に関する規制につき内容を定めてこれに従うべき旨の勧告をし、又は場合によってはこれを命ずることができるものとし(八四条)、更に、酒税の保全ないし酒税収入を確保する必要等があると認める場合等には、酒類の基準販売価格(八六条)、制限販売価格(八六条の二)・再販売価格(八六条の三)を定めることができる旨規定している。これらの規定を通観すれば、右の法律が、酒税についての課税要件とその賦課徴収について定め酒税の徴収に遺漏なきを期する酒税法の補助法規として、これを補完する地位にあることが明らかである。そして、この法律に基づき、酒税の保全を目的として講ぜられる規制措置は、右にみたところから明らかなとおり、原則としては、「酒類製造業者」又は「酒類販売業者」が組織する酒造組合又は酒販組合により自発的、自治的に行われることが企図されており、大蔵大臣による公権的規制は、通常は酒類業組合の右自発的・自治的規制を通じての間接的なものに止まり、ごく例外的な場合に、「酒類製造業者」又は「酒類販売業者」に対し直接の規制措置を講ずることが予定されているに過ぎず、しかも、右の自発的・自治的規制を行うことが期待されている酒類業組合を構成する組合員についてみると、酒造組合の組合員たる資格を有する「酒類製造業者」は酒税法七条一項の規定により酒類の製造免許を受けて酒類の製造を業とする者(酒税法二八条六項の規定によるみなし酒類製造者を含む。)、酒販組合の組合員たる資格を有する「酒類販売業者」は酒税法九条一項の規定により酒類の販売業免許を受けた者に限られているのである(二条、九条)。以上からすると、右の法律による規制は、平常時においては、酒税法の規定を補完し、特に酒税法の採用する酒類製造免許制度及び酒販業免許制を前提としてこれと表裏一体の関係にあって、酒税の保全ないしその徴収確保を側面から図るとともに、それが期し難いようなごく例外的な、いわば非常時における最終的手段として、大蔵大臣による直接的な規制措置を設けたものとみることができる。そうであるとすれば、酒販業免許制を離れ、この法律による右にみたような規制措置だけで酒税保全の立法目的が十分に達成できることが明らかであるとはいい難い。

以上考察したところを総合すれば、酒販業免許制を定めた酒税法九条一項の規定の立法目的は酒税の保全ないし徴収の確保にあって、それが正当なものであることは論を待たず、かつ、同条項が酒類販売業をしようとする者を対象とする規制措置として酒販業免許制を採用していることをもって右立法目的との関連で合理性を欠くことが明らかであるとはいえないから、酒販業免許制の必要性及び合理性を否定するということはできず、したがって、これを定める酒税法九条一項及び同条項に違反した者に対し罰則を定めている同法五六条一項一号の各規定が憲法二二条一項の規定に違反するものとすることはできない。被告人及び弁護人の主張はこれを採用できない。

なお、付言するに、酒類販売業をしようとする者に対し右のような免許を受けることを要求する酒販業免許制は、右のような者の狭義の職業選択の自由そのものに制約を課するものである点で、その性質上強い制約であることは疑いないうえ、その免許付与の要件を定める酒税法一〇条の規定には、例えば、「酒類の販売業免許の申請者が……その他経営の基礎が薄弱であると認められる場合」(一〇号)、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため……酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」(一一号)といった、その内容が抽象的で、解釈を容れる余地が多分にあり、そのままでは実際上処分権者たる税務署長の広範な裁量を容認せざるをえないような規定がある(なお、本件は、酒類の販売業免許の申請をしたことを前提としてその免許の許否の違法等を争う民事ないし行政訴訟ではなく、あくまでも被告人が酒税法九条一項の規定による免許を受けないで酒類の販売業をしたものとして、同法五六条一項一号の規定に基づきその刑事責任を定めるための刑事訴訟なのであるから、酒類の販売業免許の申請者につき適用されるべき同法一〇条の各号の規定の合憲性については、これを判断する限りではない。)。酒類の販売業免許の申請があった場合に、右のような規定を適用するに当たっては、酒販業免許制全体の公正かつ適切な運用を図る見地から、内部的に定められた審査基準等に基づいてこれが行われるべきことはもちろんであり、現に、「酒類の販売業免許の取扱いについて」と題する国税庁長官通達が出され、この通達に基づいて右の運用がされていることが窺われるところであるが、それにしても、右のような要件に係る規定そのものが、一面では酒類販売業者の新規参入を阻害し、本来酒販業免許制の反射的利益にすぎない既存の酒類販売業者の営業利益を保護するかのように事実上機能するおそれを内包していることは間違いなく、この見地からすれば、右規定を適用し、その規制措置の運用に当たる税務署長の個々の処分が過度に既存の販売業者の利益保護に傾き、新規参入を封殺するような場合には違憲性を帯びる場合もあることは否めないところである。他方、関係証拠によれば、酒販業免許制については、税収の確保という目的以外の各種政策的課題を図る観点から、その運用ないしその制度自体をも見直す必要がある旨の各種提言等が行政内部等においても行われて来ていることが認められる。例えば、既に昭和三九年には、臨時行政調査会が、いわゆる高度経済成長期に差し掛かる時期における行政の改革、すなわち官僚機構の非効率性、非民主性、不公正の改革を図る目的で答申を出したが、その答申の付属説明書中において、許認可等行政の改革についても、要員や行政事務量の膨張是正、国民生活・経済活動への負担是正、陳情行政の弊害予防等を図る観点から触れており、その中で、酒販業免許制についは、酒税の確保に最小限必要な規制のほかは、なるべくこれを自由化する方向で抜本的に再検討すべきである旨の意見を付しており、その後、昭和四五年には、物価安定政策会議第二調査部会が、物価の安定を図る観点から、政府の価格形成に対する介入が経済各部門の効率を妨げ、かえって物価上昇をもらたしているのではないかとの認識の下に、酒販業免許制のあり方について抜本的再検討を加えるとともに、当面、その運用の弾力化を推進すべきである旨報告し、次いで、昭和六二年には、物価安定政策会議政策部会が、輸入品の流通に障害となるおそれのある商慣習や流通機構の実態を検討し、その効率化、適正化を図り、我が国の市場の開放を促進するという観点から、流通・販売に係る各種規制制度につき、流通の近代化、経済の国際化等の経済社会の変化に対応し、不断の見直しを行うべきである旨の報告をし、翌年には、同様の観点から、経済団体連合会が、酒販業免許制についてもその簡素化と運用の弾力化の実現を図るべきである旨の見解を発表し、更に、平成元年になって、公正取引委員会の研究委託機関である政府規制等と競争政策に関する研究会が、個人や企業の創意工夫を活かし、競争を促進することにより、生産・流通機能の一層の効率化を進め、国際的に高い経済力をより豊かな国民生活の実現に結びつけるという観点から、政府規制の見直しないし緩和が重要であり、それが大きな潮流になっているとの認識の下に、政府規制の見直し及び関連分野における競争確保・促進政策について検討を加え、酒販業免許制については、その免許付与に当たって需給調整上の要件が定められているが、その立法目的であるところの酒税の保全に関しては、今日酒税の国税全体に占める比重が大きく低下しているなどの状況下では、それが需給調整につながるような参入規制を行うことの十分な正当化事由とはならないなどとしたうえ、将来的には、酒販業免許制における需給調整上の要件は自由化する方向で見直すべきである旨の提言をしているなどの諸事情が認められる。これら諸事情に照らせば、現在においては、酒販業免許制が導入され後に酒税法においてこれを継承した当時とは相当趣を異にし、酒税の保全ないしその徴収の確保という政策課題以外の各種の政策的要請ないし行政目的から、酒販業免許制の運用のみならず、その制度自体の見直しをも迫られている実情にあることが看取される。無論、これら相互に関連し合うとともに、矛盾対立するような各種の政策課題ないし行政目的を調整し、あるべき制度の定立やその制度の適正な運用を図るのは、正に立法府と立法府による立法に基づきこれを適正に実施する行政府に課せられた使命であって、そのことについては裁判所の容喙すべき限りではない。その意味で、酒販業免許制をめぐる右のような実情が酒販業免許制を定める酒税法九条一項の規定をもって憲法二二条一項の規定に違反するとはいえないとする前記の判断に消長を来すものではないが、しかし、右に述べたような事情を、後に述べるように、量刑事情の一つとして考慮することは許されて然るべきものと解される。

(量刑の理由)

本件は、酒類製造会社を経営し、その製造に係る酒類の販路拡大を目論んでいた被告人が、所轄税務署長の酒類販売業免許を受けず、かつ、法定の除外事由もないのに、酒類の販売場を設置し、一年余りの期間酒類の販売業をしたという事案であるが、その態様をみると、販売場用の物件を買い入れて、販売場を新たに設置し、販売事務専属の従業員を雇い入れるなど、周到に開業を準備し、販売する酒類の運送・貯蔵・供給態勢を整え、酒類販売に当たっては大々的な宣伝広告を行い、一年以上にわたり、酒類の売上収支状況を把握しつつ、営業を続けたというものであり、販売した酒類の量は合計27万1772.08リットルに及び、その売上高も合計一億三三三九万九三五七円に上るなど、この種の営業犯として最たる態様のものといえる。また、被告人は酒類販売業に所轄税務署長の免許が要ることについてはこれを熟知していたことが窺われ、それにもかかわらず、正規の手続を取ろうとした形跡はなく、かえって、元酒類販売業を営んでいたものの、事業に失敗し、行方不明となっていたFなる者のかつての店舗用土地・建物で既に人手に渡っていたものを購入するとともに、Fの義兄との間でFの営業譲渡を受ける旨を約し、Fの免許の名目で販売する外観・体裁を採って酒類販売業開始を強行し、更には、その開業後、税務署の臨検・捜索・差押を受けたにもかかわらず、その直後にはこれを再開し、その後第二回目の臨検・捜索・差押を受けるまでこれを継続するなど、その犯情も誠に芳しからぬものがある。(なお、右の点に関連して、被告人は、税務署職員がFを欺いてその免許の取消を申請させ、これを取り消した旨の事情を強調するが、既に酒類販売業を実際に行わなくなって久しく、かつ、その店舗用土地・建物も人手に渡ってしまい、姿をくらましたFからその免許の取消を申請させること自体必ずしも不当とはいえないばかりか、本件において、被告人はFの免許をそのまま取得できないのはもとより、同人の営業を譲り受け、これを継続させたという事実も実際にはなく、単にそのような体裁を作出したに過ぎないのであって、元来、被告人が開始した酒類販売業は以前Fが同所に営んでいたそれとは全く別個のものとみるべきものであるから、税務署職員においてFに対し被告人がその当時開始していた酒類販売業の実情等を知らせなかったことをもってFを欺くものともいえず、ましてや、被告人がこのことに口を差し挾むべき立場にないことは明らかである。)

右のような諸事情に照らせば、被告人の本件犯行は、酒税法五六条一項一号、九条一項の規定が本来予定している趣旨に著しく反するものとして、その刑事責任は重いものといわざるをえない。

しかしながら、他方、酒販業免許制を採用している酒税法九条一項の規定が職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反しているといえないことについては既に述べたとおりではあるものの、先に付言したように、一方では、酒販業免許制の運用いかんによってはその運用が違憲性を帯びるおそれもないではなく、他方では、酒販業免許制につきその運用の改善ないしその制度自体の見直しすらも国の政策課題とされつつあるという実情にあることを勘案すると、本件被告人のように無免許で酒類販売業をした者に対しいたずらに厳格な量刑をもって対処することは必ずしも当を得たものとはいえない。加えて、被告人は、これまで酒類製造会社等の事業を経営するなど、社会的にそれなりの立場で活動していたことが窺われること、これまでにさほどの前科は有していないこと等、被告人には酌むべき事情もないではない。

そこで、以上述べた諸般の事情を総合考慮したうえ、被告人につき主文掲記の刑を量定し、今回はその刑の執行を猶予することとする次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官尾﨑俊信 裁判官立石健二 裁判官櫻林正己は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官尾﨑俊信)

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